前置き:今年の没原稿を供養しておきたい。内容とは関係のない事情でお蔵入りになった。雑誌読み放題サービスを使って色々な雑誌を読んでみるという企画。
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未知の雑誌を読むことには、独特の楽しさがある。ふだんの自分の関心から遠ければ遠いほどに楽しい。一冊の雑誌をとおして、自分の知らない世界をのぞきこむことができるからだ。そしてこうした体験は、たとえば美容院での待ち時間や、ふらりと立ち寄った定食屋ですることができた。
しかし現代では、雑誌読み放題サービスというものがある。これは要するに、ああいった楽しみを自宅で再現できるということじゃないのか。家にいながら、知らない世界をのぞきこみ放題だ。ということで、本日は読んだことのない雑誌を色々と読んでみたい。まずは『CanCam』から。
CanCam 2018年6月号
特集:眉と前髪
『CanCam』は「20代女性の"今"をきりとるファッションバラエティマガジン」である。特集タイトルはシンプルに「眉と前髪」。いさぎよい。
特集内で男性ヘアメイクさんのコメントが紹介されているのだが、これがわりと強烈なものだ。眉と前髪の処理で美人かブスかまで変わる、だから絶対に頑張るべきだと断言されている。そして、だめ押しのように放たれるひとことがこれ。
眉と前髪から逃げちゃダメ!
自分は『CanCam』のターゲット層でもなんでもないわけだが(30代の男だし)、ここまで断言されると、「俺も眉と前髪から逃げるのはやめよう……」と思ってしまう。考えてみれば、眉とも前髪とも、まともに向き合ったことのない30年だった。
まあ、反省してみたところで、実際に『CanCam』へ視線を戻すと自分の参考には全然ならないわけだが、どうも断言されると私は弱い。
眉を太く描くのはすごく怖いことだけど
これは、妙に切実なひびきがあるところが面白かった。「人を心から信じるのはすごく怖いことだけど」みたいな雰囲気。それでも勇気をだして眉を太めに描いてみよう、という主旨のようだ。世の中には色々な勇気がある。
美スト 2018年6月号
特集:「すっぴんがキレイそう」こそ、ほめられメークの最終結論!
『美スト』は、「40代、あの頃より今日、今日より5年後の私が絶対キレイ! 多くの壁を乗り越え、美を磨く女性を応援する美容誌」である。「多くの壁を乗り越え」というあたりに、すばらしい迫力がある。この迫力は『CanCam』には出せないだろう。
特集の要点は「どうすれば、すっぴんがキレイそうだと思われるか?」である。これはものすごく複雑な欲望だと思う。もはや「キレイだと思われたい」という単純な欲望ではなく、「メークした顔からスッピンを想像されたうえで、その顔をキレイだと思われたい」のである。人間の欲望の複雑化を感じる。
メークに関しては、以下のような小特集もあった。
『電車でメーク』論争を美しく解決!
電車で化粧することについて、否定派と肯定派それぞれの意見を集めている。否定派の「部屋も汚いんだと思う」という言いがかりに笑ってしまった。電車で化粧しただけでそこまで言われてしまうのか。
ちなみに、この雑誌にも「前髪さえうまくいけば、すべてうまくいく!」という見出しがあった。世の女性には前髪信仰とでもいうべきものがあるんだろうか。前髪さえうまくいけば世界平和がおとずれる、とでも言い出しそうな勢いである。
こうなってくると、トランプ大統領の前髪が気になってきますね。あの前髪さえうまくいけば、国際情勢のもろもろも解決するんじゃないのか。今後、われわれはあの前髪を注視していくべきではないのか。
ムー 2018年5月号
特集:転生と臨死体験の謎を解く「中間世」の秘密
『ムー』は、「UFOから超能力、UMA、超常現象、神秘、都市伝説まで、世界の謎と不思議に挑戦するスーパーミステリーマガジン」である。
まさか『ムー』があるとは思わなかった。オカルトといえば『ムー』、『ムー』といえばオカルトである。雑誌リストの中でも一つだけ異様な雰囲気を放っていて面白い。さっきまで眉や前髪について考えていたのに、今度は生まれ変わりや臨死体験。話の方向が変わりすぎである。これが読み放題の醍醐味なのか。
もっとも、『ムー』という響きだけをみれば、女性誌に見えないこともないんじゃないか。たとえば、ノンノ、ムー、アンアンというふうに並べてみるとどうか。違和感なく女性誌に見えないか。まあ、べつに見える必要はないわけだが。
アマゾンで恐竜壁画を発見!!
タクシーの窓に映る死者の顔!!
とにかく見出しのテンションが高くて面白い。こんなことを叫びながら教室に駆け込んでくる友だちがいたらいいなと思う。ちなみに恐竜壁画にかんする記事の導入は、
やはり人類と恐竜は共存していたのか!? その事実を裏付ける"岩絵"の存在が明らかになった!!
画面ごしに鼻息がかかりそうなテンション。書き手の興奮が伝わってくる。
『CanCam』と『美スト』のあとで『ムー』を読むと、人間の多様性みたいなものに思いをはせてしまう。この世界には、前髪と眉から逃げないと決意する人間もいれば、電車内でのメークについて議論する人間もおり、恐竜と人類が共存していた可能性に興奮する人間もいるのだ。人類って、本当に色々なやつがいる。
『ムー』をさらに読んでいくと、現実感覚が徐々にゆがみはじめる。
転生の仕組みと現実世界は、「ワンネス」が創造した遊園地!?
秘められた宇宙エネルギーが、あなたを幸運へと導く!! テクタイト・クリスタルの魔法
人生のシナリオを書き換えられる! 神道発祥の地『壱岐島』
こうした記事をずっと読んでいると、こってりしたものを無限に食べ続けている気分になってくる。こちら前菜のカツ丼でございます、続いて本日のメインのカツ丼に、副菜のカツ丼でございます。ところでお客様、食後のデザートにカツ丼はいかがでしょうか? みたいな感じ。『ムー』は胃にくる。
ゲーテ 2018年6月号
特集:戦う身体! 人生を劇的に変えるメンテナンス
『ゲーテ』は、「仕事に遊びに一切妥協できない男たちが人生を謳歌するためのライフスタイル誌」である。
なんというか、一気に現世へと戻ってきた感がある。『ゲーテ』を読む人は『ムー』を読まないだろうし、『ムー』を読む人は『ゲーテ』を読まないだろう。
もしも両方を毎号熱心に読んでいる人がいるならば、ぜひとも会ってみたい。一体、どんな人間なのか。胸まで開いたシャツを着て、日焼けした肌に白い歯をのぞかせながら、「ご存知ですか! 人類と恐竜は共存していたんですよ!」とか言ってくるのか。ちょっと好きになっちゃいそうだが。
さて、私は雑誌の見出しがなにかを命令してくる瞬間が好きである。読者を煽る瞬間が好きだと言い換えてもいい。「あなたは今すぐこれをするべきだ」と主張するとき、その雑誌は輝くのである。その意味で、『ゲーテ』の以下の見出しはすごくよかった。
腰を救え!
いったい、なにを命令してくるのか。こんなに生活感あふれる命令があるか。小学生男子は勇者になって世界を救いたがるものだが、男も中年になると自分の腰を救いたがるということか。たしかにまあ、腰が痛いと世界だって救えないが。まずは腰、それから世界。それが中年のリアルということか。
もうひとつ、面白かった命令形がこれ。
美しさは金で買え!
みもふたもなさが良い。札束でブン殴るかんじ。これもまた中年のリアル。
つり情報(2018年5月15日号)
特集:レンタルタックルで始める青物ジギング入門
その名のとおり、釣り人のための情報誌である。
私は釣りをしたことがない。まったくの門外漢である。しかし、自分の知らない分野の文章には独特の面白さがある。完全に置いてきぼりにされる快感とでも言えばいいのだろうか。書き手の興奮は伝わってくるが、その興奮を自分はまったく共有できない。そのギャップにぞくぞくするのである。
その意味で、『つり情報』に出てくる以下の文章は最高だった。
外房の青物ジギングがいよいよ初夏のトップシーズンに突入! メインターゲット・ヒラマサのほかワラサやイナダ、カンパチといった青物が数、型ともに期待できるこの時期はジギング入門にピッタリの季節でもありやす。とはいえ専用のタックルを持っていないからと、これまで二の足を踏んでいた人も多いのでは?
短い文を読むだけで、大量の疑問がわいてくる。「ジギング」って何だろう。「青物」はなんとなく分かる。「ヒラマサ」「ワラサ」「イナダ」は魚の名前か。しかし聞いたことのあるようなないような微妙なレベル。「カンパチ」は響きが面白いから知っている。「ありやす」というのは釣り人特有の口調なんだろうか。それとも、この雑誌特有の口調なんだろうか。そして「専用のタックル」とは?
門外漢にとって、専門誌の文章は暗号に近く、そして私のような人間は、その暗号めいた雰囲気にぞくぞくしてしまう。謎の専門用語が乱舞する快感。わけのわからなさに巻き込まれることの恍惚。今回のように文章全体の温度が高いと、余計にたまらない。「よく分からんが、とにかく楽しそうでなによりだ!」という気分になってくる。
分からないままに、他のページもぱらぱら読んでみる。すぐに気づいたのは、「釣った魚を持っている人の写真」が大量に載っていることだ。みんな嬉しそう。とても良い顔をしている。これが釣り人にとっての至高の瞬間なのか。ちょっと惹かれる。釣りをしてみるのもいいのかもしれない。
まとめ
以上、今回は五つの雑誌を読んでみた。美容院の待ち時間のような気分になるかと思ったが、実際は、もっと混沌とした体験だった。雑誌の振り幅が大きいからだろう。日本中どこの美容院に行っても、美容師が待ち時間に『CanCam』と『ムー』を渡してくることは絶対にない。
この後しばらくは、頭のなかが大変なことになっていた。雑誌で読んだ断片的な知識やイメージが頭のなかを舞いはじめる。さまざまな欲望、さまざまな断言、さまざまな命令。とりあえず私も眉と前髪から逃げるのはやめて、腰を救いながら、釣りでもしようかと思う。そして、来世はカンパチにでも生まれ変わりたい。