長いタイトルがそのまま今回の要約である。
今日も日常のひとつの所作としてaikoを聴いていたんだが、『秘密』という曲でaikoが「なんだか好きだけじゃ済まなくなりそうで」と歌っているのを聴いて、あらためてその衝撃に打たれた。
はじめにみなさんに知っておいてほしいのは、aikoの使う「好き」は普通の人間の「好き」とは別ものだということである。普通の人間が日常的にホイホイ使う「好き」とaikoの「好き」を同一だとみなしてはならない。
たとえば気まぐれで入ったカフェの珍デザートを食べた女子の言う「あたしこれ好きかもー」をカナブンとするならば、aikoの「好き」は巨大なゾウの足である。ズシンという音の一発でカナブンはつぶれて死ぬ。
aikoが「好き」と言った場合、「あなたのことで18年200曲書けます」くらいの意味が平気で込められているのであり、この人が何かを「好き」と言ったならば、それはもう身震いするほどに凄まじいことなのだ。
ようやく本題に入れる。
2008年の『秘密』という曲では、そのaikoが言う。
これ以上
想いが募ったら
なんだか
好きだけじゃ済まなくなりそうで
少しは私の衝撃が伝わっただろうか。あのaikoが「好きだけじゃ済まなくなりそう」と言っている。嵐がくる、大地が揺れる、世界が滅ぶ予感がする。
90年代に子供だった男として言わせてほしい。これは『ドラゴンボール』においてフリーザがまだ変身を残していた時の衝撃と同じである。すでに圧倒的な強さを見せていたフリーザに先があったのと同じ意味で、すでに圧倒的な「好き」をみせていたaikoにも先があった。そのことに私はふるえる。ふるえる以外の生体反応はない。
aikoがフリーザならば、両者の違いはどこにあるか?
フリーザは成熟した大人だから変身を制御できる。フリーザにとって変身は戦略の一部だ。普段は強すぎる力をおさえている。必要に応じて己の意志で変身する。しかしaikoは「好きだけじゃ済まなくなりそう」と言う。そこに込められているのは「制御不能」のニュアンスだ。
あらためて引用しよう。
これ以上
想いが募ったら
なんだか
好きだけじゃ済まなくなりそうで
文字だと一瞬で読めてしまうが、ぜひ実際の曲を聴いてほしい。この歌詞は曲中でサビの直前に配置されており、非常にゆっくりと焦らすように歌われているのだ。無理やりに文字で再現するならば、
こ~~れ~~い~~じょ~~お~~~
おもぉ~~いぃ~~が~~~
つ〜〜のぉ~~~~~(余談:ここの高音気持ちいい)ったら~~~~
戦闘力がすこしずつ増幅して最後はスカウターを爆発させるように、聴いているこちらは焦らされながら、aikoの「好き」が限界を超えていくさまを体験させられる。それは期待と恐怖の入りまじった感覚だ。あのaikoが、カナブンに対するゾウの足であるaikoが、好きだけじゃ済まなくなる。果たしてどうなってしまうのか!?
その答えは『秘密』のサビを読めば分かる。
サビの七行詩を解読する
好きだけじゃ済まなくなったaikoはどうなったか?
その答えを知るために、われわれはこれからサビの七行詩を読むことになる。
声を聞かせて
親指握って
柔らかいキスをして
何処にいても思い出して
我が儘な身体と泣いてる心
そっけないふりでごまかす
あいしてる
これが『秘密』のサビであり、好きだけじゃ済まなくなったaikoの辿りついた場所だ。まずは前半の四行を読むことにしよう。
声を聞かせて
親指握って
柔らかいキスをして
何処にいても思い出して
矢継ぎ早にaikoからの要求が出てくるわけだが、四行目の飛躍に私はaikoの真髄を見る。
ひとつめの要求は耳の要求だ。声を聞かせて。
ふたつめの要求は指の要求だ。親指握って。
みっつめの要求は唇の要求だ。柔らかいキスをして。
そして最後は記憶の要求だ。何処にいても思い出して。
耳、指、唇というふうに、恋愛における主要部位を次々と要求したaikoが最後に求めるのは「記憶」だ。最初の三つとなにが変わったのか? 最初の三つは「あなた」がそばにいる時の要求だった。それは具体的な接触を求める。しかし最後、aikoは観念に飛ぶ。
何処にいても思い出して
ここで「あなた」に求めるものはいきなり膨れあがる。もはやそばにいる時だけではない。aiko不在の状況でも常にaikoを想うことが求められている。四行目でaikoが飛躍したとはそのような意味だ。最後の最後でaikoは「あなた」の記憶への永住権を求めるのだ。
これは重たい……。
そう思われたかもしれない。好きだけじゃ済まなくなったaikoの結論は重たい。たしかに重たくなるだろう。あのaikoが好きだけじゃ済まなくなったんだから。しかし結論を急ぎすぎてはいけない。あのaikoが平気で重たい女だと思うか? 自分の重たさに無自覚でいられるような女だと思うか?
まだ『秘密』のサビは三行残っている。
われわれは後半の三行を読まねばならない。
我が儘な身体と泣いてる心
そっけないふりでごまかす
あいしてる
徐々に言葉は減る。反比例して感情はたかぶる。そして最後に残るのは「あいしてる」の五文字だ。先に言っておこう。この七行目こそが好きだけじゃ済まなくなったaikoの辿りついた場所である。それがこの記事の結論だ。
好きだけじゃ済まなくなったaikoは「あいしてる」に辿りついた。「好き」の先が「あいしてる」? これまたずいぶん平凡な着地点ではないか? それくらいのことは誰でも思いつきそうなものだ。結局、aikoの変身は大した驚きを生まなかったのではないか?
本当にそうか?
この問いに答えるために、われわれは謎めいた五・六行目を読まねばならない。
我が儘な身体と泣いてる心
そっけないふりでごまかす
先に六行目を見よう。aikoは「そっけないふり」でごまかしたという。何をごまかしたのか? 「四つの要求」が自分の内にあることをごまかしたのだ。耳、指、唇、記憶を「あなた」に求めていることをごまかした。
ここで理解されることがある。サビの前半で歌われた要求は、あくまでもaikoの「内面」にすぎなかったのだ。それは実際の言葉として空気をふるわせることがなかった。
それを踏まえると五行目の「我が儘な身体」の意味が理解される。これはaikoの内にある「四つの要求」を指しているのだ。注目してほしいのは、これをaikoは「我が儘」だと自覚していることだ。「好き」の先にあらわれた四つの要求の重たさをaikoは自覚しているのだ。
これが分かると「泣いてる心」の謎もとける。要求の重たさを自覚したから「泣いてる心」なのだ。自分の要求を「我が儘な身体」だと自覚したがゆえに、aikoの心は泣いているのだ。
あなたの声が聞きたい。あなたに親指を握ってほしい。あなたにキスをしてほしい。そして何処にいてもあたしのことを思い出してほしい。「好き」の先に生まれた感情が巨大すぎることを自覚したaikoは、それを「我が儘な身体」と切り捨てて、「泣いてる心」のまま、「そっけないふり」でごまかした。そしてかわりに差し出されたのが以下の五文字だ。
あいしてる
aikoは自己の内側で膨れ上がった強すぎる感情をおさえ、人が人を想う時に使われるもっとも普遍的な五文字にすべてを託した。最後まで本当の要求を口にすることはせずに。
だからこの曲のタイトルは『秘密』なのだ。
結び
数えればきりがない
あなたにして欲しいことが
怖い程たくさん
『ロージー』
大きな鞄にもこの胸にも
収まらないんじゃない?
恥ずかしい程考えている あなたのこと
『かばん』
あなたにして欲しいことが「怖い程たくさん」だと言い、あなたのことを「恥ずかしい程考えている」と言う。そう、aikoは「怖い」のである。「恥ずかしい」のである。制御不能の「好き」に対する、この自意識こそがaikoなのだ。
だからaikoは「好き」が暴走する手前に必死で踏みとどまろうとする。しかし、どうしても好きだけじゃ済まなくなってしまう。「我が儘な身体」と「泣いてる心」に分裂してしまう。その分裂の中で音楽を生み出し続ける。それがaikoという人なのだと私は考えている。